大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和40年(ネ)694号 判決 1969年3月06日

控訴人

葛塚郷土地改良区

代理人

坂東克彦

復代理人

川村正敏

被控訴人

前田製管株式会社

代理人

津田晋介

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否<省略>

理由

一被控訴人がヒユーム管、パイル、床板、側板等第二次コンクリート製品の製造販売を業とする会社であり、控訴人が土地改良法に基づき昭和三二年四月一八日新潟県知事の認可によつて設立された土地改良区であること、控訴人の設立を発起した土地改良事業に参加する資格を有する有志は、土地改良法五条二項に基づき、土地改良区設立の認可を申請するに先き立ち、あらかじめ、周三〇年七月二三日土地改良事業の計画の概要、定款作成の基本となるべき事項等を公告したこと、その際に見込まれた総工事費は二、三〇〇万円であり、控訴人が設立認可前既に権利能力なき社団として土地改良事業に着手しており、他から原判決添付別表記載の融資を受けていたこと、控訴人が設立前行なつた灌漑排水工事は途中で挫折したので、組合員となることを予定されていた者から徴収した同三一年度灌排賦課金八〇万円を資金に加えて本格的灌排水工事を準備中であつたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二被控訴人は、昭和三一年一二月二四日控訴人との間に被控訴人が控訴人の施行する土地改良事業である灌漑排水路開設工事に使用する床板、側板、横土居、支柱、笠石等一切の工事資材代金合計四九三万七、四〇〇円を供給する第一回の契約を締結したと主張し、控訴人は、原審において、はじめ、右主張事実を認めたが、のちに右の自白を撤回し、昭和三一年一二月二四日当時控訴人は未だ法人格を取得していなかつたから、たとえ、右契約が形式上控訴人との間に締結されたとしても、契約の当事者は権利能力なき社団の理事安達八兵衛らであつて右契約履行の責任が当然控訴人に帰属すべきいわれはなく、右自白は真実に反しかつ錯誤に基づくものであると抗争するにいたつた。しかし、被控訴人の前記主張は、控訴人は土地改良区として認可を受けることにより、それまで権利能力なき社団であつたものが法人格を取得したものであり、第一回契約は、権利能力なき社団であつた当時その代表者によつて締結されたけれども、控訴人は、法人格取得の前後を通じ、社会的実体において同一性を有し、しかも右契約は、控訴人の名において締結されたものであるから、右契約履行の責任は当然控訴人に帰属すると主張しているものと解せられる。そして、控訴人のいわゆる自白の撤回は、要するに、控訴人がもと権利能力なき社団であつたからといつて権利能力なき社団の代表者が法人格取得前に控訴人の名において締結した第一回契約の効果が当然控訴人に帰属すべき筋合はないから、帰属の効果を認めたのを撤回するというに帰着するのであつて、控訴人が権利能力なき社団の継続としての実体を有すること、または、被控訴人主張の当時、その主張どおりの第一回契約が権利能力なき社団の代表者によつて控訴人の名において締結されたことが事実に反すると主張するものではない。したがつて、控訴人の右自白の撤回は、いわゆる権利自白の撤回にすぎず、被控訴人主張の事実は、結局当事者間に争いのないものと認めるべきである。

ところで、すでに権利能力なき社団としての実体を有するものに法人格が与えられ、しかも、その目的とする事業の遂行ないしその準備行為が、法人格取得の前後を通じて同一の利益を追及するものと認められる場合には、権利能力なき社団の代表者が設立を予定される法人の名において締結した契約に基づく債務履行の責任は、法人設立の時から法律上当然に当該法人に帰属するものと解するのが相当であると考える。本件において、前記一の事実に当事者間に争いのない、次の事実、すなわち、控訴人がその設立認可前用水路資材購入のため、すでに、昭和三一年一二月三一日農林漁業資金中央金庫から貸付決定を得た原判決添付別表(3)記載四八〇万円の融資に前記組合員となることを予定されていた者から徴収した八〇万円を加えてこれを被控訴人に対する代金の支払いにあてる予定でこれを具体的に社団の予算に計上し、かつ、組合員からその金員を拠出された事実を考えあわせると、右第一回契約は、控訴人が施行することになつている土地改良事業である灌漑排水路を開設するため、その工事用の資材の供給を控訴人が受けることを内容とするものであつて、その追及する利益は、控訴人が法人格を取得した前後を通じ、同一であつたものと認められるから、控訴人の名において締結された第一回契約に基づく債務履行の責任属設立認可の時から法律上当然控訴人に帰属するにいたつたものというべきである。なお、控訴人主張の趣旨に従えば、権利能力なき社団の段階でその代表者によつて締結された契約上の債務の履行を、設立認可後土地改良区が求められた場合、右土地改良区が右債務あるいはその履行の引受けを拒絶することにより、容易にその債務履行の責任を免れる弊害をもたらすことはみやすいところであつて、この点から考えても控訴人の主張の不当であることは明らかである。ところで、土地改良法一〇条が土地改良区の成立を都道府県知事の設立認可にかからせ、同法一四条が土地改良区でないものに対し、その名称中に土地改良区という文字を使用することを禁じていることは控訴人の主張するとおりである。しかし、このことは控訴人がその設立認可前土地改良事業用資材を取得するため、土地改良事業の準備を行なうにあたつてたまたま土地改良区の名称を使用し、土地改良区の名をもつて設立前約定した契約上の債務を控訴人が負わない理由となるものでないことはいうまでもない。さらに、控訴人は、土地改良区の設立中に負担した契約上の義務を認可後の土地改良区に帰属せしめ得るか否か及び帰属せしめ得るとすればその限度いかんの問題を、設立中の株式会社が負担した義務を設立後の株式会社に帰属させることの可否及びその限度に準じて決すべきであると云い、このことを前提として債務引受の無効を主張するが、土地改良区については、株式会社の如き資本団体と異なり、設立に際し負担のない責任財産を作つて、法人格取得その債権者となる者の利益を保護する必要は少なく、そのために設立認可前土地改良区が負担した債務履行の責任を排除する必要は認められないから、この点の控訴人の主張は、採用することができない。

三右の事実に<証拠>を総合すると、(一)被控訴人は、前叙のとおり、第一回の契約を締結したのち、昭和三二年四月二五日頃、控訴人から追加注文を受け、以上第一、二回分を合わせて、同年一月二七日から同年五月二五日までの間控訴人に対し、いずれも被控訴人がその材料で製作した代金合計五一一万九、一七〇円相当の床板、側板、横土居、支柱、笠石等の水路工事資材を供給し、控訴人は、被控訴人以外の請負業者に右資材を使用してする水路の組立等の工事を請負わせたこと、(二)この間山形県の被控訴会社から新潟県の工事場まで送付されたが、破損し、または鉄筋が入つていないため、使用に耐えないような水路工事資材は、被控訴人によつて完全なものととりかえられ、使用に耐えないものは控訴改良区職員五十嵐繁太が個人で被控訴人から別途に買い受けたこと、(三)控訴人は被控訴人に対し右資材代金のうち、同年六月五日三〇万円、同年一二月三一日四〇万円を弁済し、控訴土地改良区理事長安達八兵衛は、昭和三四年一月一六日被控訴人から残額の確認を求められて、四三〇万円の残債務があることを承認したこと、以上の事実を認めることができる。原審および当審における証人五十嵐良吉、控訴人改良区代表者本人の各供述中右認定に反する部分は採用せず、成立に争いのない乙第八号証の記載も原審証人岸祐蔵の供述に照らして採用し難く、他に右認定および判断を動かすだけの証拠はない。以上の事実関係の下においては、仮りに控訴人が控訴土地改良区設立認可とともに法律上当然第一回契約に基づく債務履行の責任を負担するにいたつたということができないとしても、控訴人は、おそくとも、昭和三四年一月一六日には、第一回契約に基づく債務を引き受けたものであるというべきであるから、いずれにしても、第一、二回の契約に基づく債務履行の責任を負うにいたつたといわなければならない。ところで右第一、二回の組立水路資材供給契約は、一種の製作物供給契約と考えられるところ、右契約において製作物の材料はすべて製作者である被控訴人が負担し、しかも、製作物が組立水路資材として使用に耐えないときは山形県から新潟県の工事場まで送付されたのちにも製作者である被控訴人によつて完全なものが給付されていた実績に徴すると、右契約において製作物は組立水路資林という規格に従つた代替物として取扱われていたことを窺うことができるから、右契約は、請負ではなく売買と認めるのが相当である。

四進んで、控訴人の抗弁と被控訴人の再抗弁とにつき順次判断を加える。

(一)  先ず、控訴人は、仮りに控訴人が被控訴人主張のとおり四〇一万円の債務を負担するとしても、控訴人の旧理事安達八兵衛らが忠実に職務を履行せず、右債務の支払に充てるべき金員を他の用途に使用してしまつたため、被控訴人に対し支払ができなくなつたのであるから、控訴人には右債務を支払う責任がないと主張する。しかし、かような控訴土地改良区の手元不如意の原因が債権者である被控訴人に対する免責事由となり得ないことは明白であるから、右の主張は主張自体理由がないというべきである。

(二)  次に、控訴人の援用する消滅時効の抗弁につき検討する。被控訴人の控訴人に対して有する代金債権は、さきに認定したところから明らかなように被控訴人が製造して控訴人に売り渡した組立水路資材の売買代金債権であるから、民法一七三条一号の「生産者カ売却シタル産物ノ代価」に該当する。そして、原審証人安達八兵衛の供述によれば、右代金債務の履行期は工事終了後三カ月以後の約定であつたところ、被控訴人から供給された資材による水路工事は昭和三二年五月頃終了したことが認められるから右消滅時効は同年九月一日頃から進行を開始したものといわなければならない。

(三)  そこで被控訴人主張の時効中断の主張につき検討する。

(イ)  控訴土地改良区理事長安達八兵衛が被控訴人に対し昭和三四年一月一六日本件につき四三〇万円の残債務のあることを承認したことはさきに認定したとおりである。控訴人は右承認があつたとしても控訴土地改良区の総会が承認をしていないから時効中断の効力を生じないと抗争する。しかし、承認を為すにはその債務につき管理の能力または権限があればよく処分権限までなくてもよい(民法一五六条)のであり、成立に争いのない乙第五号証の一、二によれば、昭和三七年七月一八日改正前の控訴土地改良区原始定款第三二、第三三条により控訴土地改良区の代表者として事務を処理する権限は、一名の理事長に委ねられていたことが明らかであるから、理事長安達八兵衛は単独で控訴人の債務の承認をなし得る権限を有したものであり、控訴人主張のとおり総会の承認がなかつたとしても、時効中断の効力が左右されるものでないことはいうまでもない。

(ロ)  次に、原審証人八木竜孝松の第二回供述によれば、控訴人は昭和三五年一月四日頃被控訴人に対し前記代金債務のうち一〇万円を支払つたことが認められるから、これによつて被控訴人の右債務に対する時効は再び中断されたというべきである。

(ハ)  被控訴人は、その後控訴人が昭和三六年三月三〇日開かれた総会の決議によつて本件代金債務残額四〇一万円を承認したと主張する。しかし、右のような内容の決議の行われた事実はこれを認めるに足る証拠がないから控訴人の右主張は理由がない。

(四)  そこで、控訴人が時効の利益を放棄したとの被控訴人の主張について判断するのに、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、控訴土地改良区理事長五十嵐繁太は、理事長就任後昭和三七年頃同土地改良区理事関根幸栄らとともに伊藤正三を尋ね、事務引継ぎを受けた理事時代の控訴人の債務につき既に消滅時効期間が満了していることを伊藤から説明されてこれを了知したが、その後、昭和三八年二月一九日被控訴会社を代理して本件代金四〇一万円の支払請求に来た岸祐蔵に対し右債務は控訴土地改良区の総会にも報告されているので承認すると答えるとともに、また、予算に計上されていないという理由で具体的な支払方法について回答しなかつたことが認められる。原審証人佐野優(一、二回)当審証人関根幸栄の各供述中右認定に反する部分は採用することができず、その他右認定を動かすだけの証拠はない。してみれば、控訴人は、時効完成の事実を知りながら被控訴人に対し時効の利益を放棄したものと認めるのが相当であつてこの点に関する被控訴人の主張は理由があり、控訴人の消滅時効の主張はこれを採用することができない。

五以上の理由により控訴人に対し売買代金四〇一万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることの記録上明らかな昭和三八年一〇月八日以降右代金支払ずみまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める被控訴人の請求は全部正当であり、これを認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、民訴法三八四条第一項によりこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。(三渕乾太郎 園部秀信 村岡二郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例